自分しかできないことで人を喜ばせたい ~コミュニケーション・ボイストレーナー 皆川信弘さん~

現在、原宿・北参道で、声のプロを目指す人の夢を全力でサポートする「4D VOICE STUDIO」と、話すことが苦手な人やもっと自信を持ちたい人向けの「4D VOICE WORKS」を運営している皆川信弘さん。
 ピアノ11か月、歌4か月の特訓で音楽大学にストレート合格し、大学卒業後は歌やミュージカル等、幅広い分野で声のプロとして活躍する皆川さんですが、実は高校受験で第一志望の試験に失敗し、音楽大学では授業などについていけずに劣等生となるなど、決して順風満帆とはいえない過去があります。しかし、そこから様々な経験を経て今の活躍があります。
 そんな皆川信弘さんの活躍までの葛藤と、声のパフォーマンスのプロとして、また、ボイストレーナーとしての活動への思いについてお話を伺いました。

コミュニケーション・ボイストレーナーとしてのこだわり

 皆川信弘さんのプロとしての経歴は、2002年にディズニー・プリンセス・アカデミー初代 歌のお兄さんとして出演したことから始まります。その後、舞台の出演、オペラへの出演、愛・地球博のトヨタパビリオンのMC、映画への出演と活躍の場を広げ、テレビ番組のレポーターやMCも務めました。
 そして、現在は原宿・北参道でプロの経験を生かしてボイストレーニングスクールで指導、経営をしています。
 皆川さんは今までの経験で、ボイストレーニングには4つのレベルがあることを見つけました。マニュアルに沿って指導するレベル(教えるための経験)、プロとしての経験を活用して感覚的に指導するレベル(プレーヤーとしての経験)、対症療法として個々の指導をするレベル(コンテンツ化)、事象から原因を特定し、根本的な指導をするレベル(メソッド化)の4つです。
 生徒の課題を解決するためには、メソッド化した指導、つまり「4Dメソッド」が必要です。皆川さんは4Dメソッドによる指導はもちろん、「夢の実現講座」で、プロであれば生徒自身がいかに自分をブランディングして戦略的に考えていくか、声のプロを目指す人以外の一般の人には、目標設定や行動・モチベーション維持のお手伝いをしています。それは、大手や他のボイストレーニングスクールにはない、独自の強みです。
 そんな皆川さんの独自性を生み出したのは、音楽大学出身でありながら、17歳から本格的に音楽に取り組み始めた、他の人とかなり異なる皆川さんの音楽に関する経歴が大きく影響しています。

短い音楽経験で挑戦した音楽大学受験

 高校生の時に理系の大学を目指していた皆川さんが音楽大学を目指すことになったきっかけは、恩師とよぶ高校の先生の提案です。その先生は、当時所属していた吹奏楽部の顧問の先生です。
 皆川さんが2年生の年末に音楽室の大掃除をしていたところ、ピアノ初級者用の教本「バイエル」が音楽室で見つかりました。すると、顧問の先生から「ピアノをやってみないか、俺が教えるから。弾けると女の子にもてるぞ」と言われてピアノを始めました。そして、「ゴールデンウィークまでに終わらせたら、お前は本物だ」という先生にのせられて頑張ると、4月頃には終わりが見えてきました。
 3年生になったばかりの皆川さんは、ちょうど進路を考える時期に差し掛かっていました。
学校で進路希望の紙が配られた日、部活に行くと、顧問の先生が皆川さんに進路を聞きました。「理学部に行きます」と答えた皆川さんに先生がかけた言葉は、「そんなの楽しいか?」でした。
 当時通っていた高校は滑り止めの高校で、皆川さんにとって楽しい学校ではあったものの、入試に失敗したから通った高校でもありました。そのため、勉強に対してずっとコンプレックスを抱えており、勉強は好きではありませんでした。
 そんな皆川さんに対し、「音楽大学はどうだ?音大に行ったら、朝から晩までいろんな勉強はするけど、全部音楽に関するものだぞ。音楽好きだろう、楽しいぞ」と。吹奏楽はやっていたけれど、ピアノもまだバイエルレベル。無理だろうと思ったものの、先生の「俺が面倒をみてやる」の一言に、好きな音楽の勉強ができる音楽大学の受験を決めました。さらに、先生が両親も説得してくれました。
 それからは、先生からもらった教本や楽譜などで音楽理論を自分で勉強したり、ピアノの練習を進めていき、吹奏楽部の活動を引退したお盆明けから本格的に受験対策をすることになりました。その時に先生から渡されたのは、イタリア歌曲集でした。皆川さんは驚きました。吹奏楽部員は楽器は好きでも歌うことは好きでない人が多く、皆川さんもその一人だったからです。先生に猛反発し大ゲンカになったものの、美味しい高級料理などに丸め込まれ、歌のレッスンを始め、そのまま音大の声楽科にストレート合格を果たしました。
 しかし、音大に入学して待っていたのは、厳しい現実でした。イメージ通り、周りは小さい時から音楽をやっている人ばかりで、1年未満の経験で音大に入った人なんていませんでした。学友の話している用語もわからない…という状態で落ちこぼれになり、ついていけませんでした。それでも、努力をして5年かけて大学を卒業し、さらに1年専攻科で勉強し、なんとか学業を終えました。
 しかし、その後待っていたのは、またまた厳しい現実でした。

音楽大学卒業後の3つの関門

 音大卒業後、全員がプロになれるわけではありません。皆川さん曰く、3つの関門があります。
 1つ目の関門は大学卒業後もプロ入りを目指して音楽に携われるかどうかです。携われる人は全体の1割程度です。2つ目の関門はその後にプロとして1度でも収入を得られるかどうかです。得られる人はさらに1割です。3つ目の関門はプロとしての収入を継続的に得られるかどうかです。これも得られる人はさらに1割です。つまり、音大を卒業後、プロとして継続的に仕事を続けられるのは、0.1%の狭き門なのです。
 学業を終えた皆川さんは音楽関連の仕事をしたいと思い、1つ目の関門、プロ入りを目指して音楽に携わっていました。そして、舞台の小さい仕事をもらった際に、2人目の恩師であるオペラ歌手と出会います。その恩師は皆川さんに衝撃的な発言をしました。「そんな声の出し方をしていたら、将来ないぞ。プロでは通用しないぞ」と。
 音大で6年間も勉強してきたのに、プロから見ると発声の基本すらなっていないという現実に愕然としました。そんなこと、今まで誰も教えてくれなかった、と。
 当時、バイトが主な収入の皆川さんは、食べていくのも精いっぱいでした。もちろん、レッスン料など十分に払える状態ではなかったのにも関わらず、その恩師は「今一番大切なことを何か考えるんだ」と言って、レッスン料をとらずに歌を一から教えてくれました。
 その時期、恩師の舞台の本番に同行して衣装を運んだり、車で送迎したりすることで、長い時間をともに過ごすことができ、プロの世界を見ることが出来たことは、皆川さんにとって得るものがとても多い時間でした。プロの現場の空気が吸えること、第一線の他のプロに会えること、生きた情報が身近にあること。全てが皆川さんにとって、とても大切な財産になりました。
 そして、高校生が歌うレベルの簡単な曲から再度練習を始め、基礎からしっかりトレーニングし、ようやく恩師によくなってきたと認めてもらえた約2年半後、恩師の知り合いのピアニストがディズニープリンセスの歌のお兄さんのオーディションの話をしてくれました。厳しいそのオーディションに皆川さんは見事合格し、プロとしての第一歩をようやく踏み出しました。

芸事とビジネスの出会い

 ディズニープリンセスの仕事は、皆川さんにとって仕事を呼ぶ仕事になりました。ディズニープリンセスの主体であるウォルトディズニージャパンのイベントから始まり、ディズニーランド関連の仕事などに広がっていきました。そして、その仕事ぶりの評判が次の仕事を呼び、歌の仕事はもちろんのこと、宮本亜門演出の舞台、愛知万博のMC、映画出演など、歌以外にも活動がどんどん広がっていきました。
 音楽や芸術関連の仕事をしている人は、自分のしたいことの軸が明確で、それ以外のことをやりたがらない人も多いですが、皆川さんにはそのこだわりはありません。皆川さんの持っているこだわりは、声に関するお仕事で、自分にしかできないことで人を喜ばせたい、ということだからです。それを実現するためには、オペラでも、ミュージカルでも、ナレーションでも構いません。その思いがあるからこそ、皆川さんの活躍の場はどんどん広がっていき、人を喜ばせることができる幅も広がっていきました。
 また、ディズニープリンセスの仕事は、皆川さんにとって、音楽を含め、芸事の世界の成り立ちを考えるきっかけになりました。歌や音楽そのものは芸事です。しかし、その演奏を可能にしているのは、集客をすること、広告すること、舞台を作り上げること、それによって売上をあげることをビジネスが裏でそれを支えているからです。いくら素晴らしい音楽でも、売上をあげられなければ、継続することが出来ません。ディズニープリンセスは、ウォルトディズニージャパンが企画して、日本で成功させて、本国アメリカや世界中に逆輸出したブランドです。初代歌のお兄さんとして、そのブランドを成功させていく様を間近で見て、歌が素晴らしいというだけでは成り立たない、芸事もビジネス抜きには成り立たない、ということを肌で感じました。
 その思いが根底にある皆川さんは、目先の報酬を追いかけることはしません。たとえ、目の前の仕事が無償であっても、次に繋がる仕事であれば引き受けます。今までやったことがない仕事でも挑戦することで幅が広がるので、えり好みしません。それが、皆川さんの将来に繋がる戦略・戦術です。
 一方、芸事を主とする人の中には、お金やビジネスという言葉を嫌がる一方、お金がないからと、目の前の報酬に固執してしまい、次に繋がらない人も多くいます。そのため、皆川さんの考え方は音楽の世界では変わった考え方として受けとられることもあります。

ボイストレーニングの講師

 プロとして活躍しながら、ピザ屋のバイトもしていた皆川さんですが、姉弟子から誘われたボイストレーニング講師を始めました。現在大手のそのボイストレーニングスクールは、まだ1校しかない黎明期で、他の講師もプロばかりでした。
 しかし、そのボイストレーニングスクールで、皆川さんは自分の理想とするレッスンができませんでした。かなり狭い空間での45分という短時間で余裕のないレッスン。レッスン間の休憩時間もなく、次々に詰め込まれるレッスンスケジュール。自分が受けてきたレッスンとは全く違いました。このレッスンが本当のレッスンと一般の人に思われてしまっていいのだろうか、自分のレッスンを受講するためにわざわざ来てくれている生徒一人一人に向き合いきれていないままでいいんだろうか、と葛藤を感じていました。
 皆川さんにとってレッスンで一番大切なことは、やり方をただ教えることではなく、それぞれの困りごとや夢や希望などの思いをまずは講師である自分が受け止め、向き合ってから、その人に合った内容を教えていくことだと考えています。しかも、せっかく来てくれた生徒には、我が家に来てもらったようにお茶を出してお迎えをしたい、「とりあえず来てくれたことにありがとう、あなたをちゃんとお迎えしてますよ」というスタンスで迎えたい、と。
 その葛藤を抱える中、在籍しているボイストレーニングスクールは全国展開に伴い、プロとして活動したことのない人も講師になるようになりました。レッスンの質の問題、講師間の考え方の相違なども出てきて、さらに講師として続けることに疑問を感じるようになりました。
 自分のレッスンを受講するために来てくれる生徒がプロになりたいのであれば、プロになれるようなレッスンをちゃんとしてあげたいと切に願い、皆川さんは2006年に貸スタジオを利用して個人レッスンを始めました。そして、レッスンや生徒数が増えてきた2012年に千駄ヶ谷に部屋を借り、スタジオを作りました。

独立後の不安と志師塾への思い

 自分で部屋を借りると固定費が発生するため、何もしなくても出費があります。また、防音室も作らないといけないので、大きな初期費用も発生します。部屋を借りる契約をするときに手が震えるほど、皆川さんにとっては想像していた以上に重い決断でした。そして、いざ独立してみると、人が寄っても離れても怖いという心境に陥りました。
 何故なのか。
 人が寄ってくるということは、自分に魅力を感じてくださっている、必要としてくださっている、しかし、何故自分が必要とされているのかわからないという状態だっただからです。つまり、自分の強みや選ばれている理由がわからないから怖い、相手が離れる時は、相手が望むものを自分が提供できなかった時だから怖い、改善したくともどんな強みを伸ばし、何を相手に提供しなければならないかがわからないから怖い。そんな心境に陥り、何をすべきかわからなくなりました。
 皆川さんは、その状態に陥った原因を、ビジネスの基礎をわかっていないからだと考えました。しかし、本を読んだり様々なことを考えて施策をやったとしても、ビジネスを学んだことのない自分は検討違いなことをやるかもしれない、ならば、一度しっかりビジネスを勉強しようと決断し、志師塾に通うことにしました。

志師塾の居心地の悪さ

 皆川さんは志師塾に通い始めたものの、とても居心地の悪さを感じていました。他の受講生はとても前向きな人が多く、自分よりもとてもできる人に見えました。また、皆川さんは、志師塾で言われたことを素直に信じて、すぐに実行しました。しかし、やればやるほど、スクールの売上は上がるどころか、主要客が離れ、45%もの売上減に陥ってしまいました。
 それでも塾に通い続ける中、転機となったのが志師塾の先輩の言葉でした。売上が落ちたことを皆川さんが相談した際の「言われたことを全部はやっていない」という先輩の答えです。
 そこで、皆川さんは気が付きます。志師塾は先生業向けの塾とはいっても、一人ひとりビジネスも状況も違います。塾で言われている内容は基本のやり方であって、それを自分のビジネスに当てはめて、アレンジしてマッチさせる必要があるんだ、ということに気が付きました。それに気が付いて自分なりにアレンジをして挑戦をするようになってからは、売上も回復しました。
 志師塾では、2つの問いに答えることが大切です。1つ目がなぜその業種が必要なのか、2つ目がその業種の中で、なぜ自社が選ばれるのか、です。今の皆川さんにとって自社が選ばれる理由は明確です。4Dメソッドや夢の実現講座、発声器官の筋トレなど、他のスクールにはできないことができることが強みです。皆川さんは、自分のスクールに自信があるので、体験レッスンをうけた人が他のスクールと比較することを嫌がりません。確かに他のスクールの方が合うという人もいるでしょう。だから、自分のスクールがその生徒のお役に立てるのであれば全力で指導しますし、他のスクールが合うのであれば、他のスクールで頑張ってもらえればいいのです。今考えると、去っていった生徒は、志師塾に通うことで皆川さんが変わり、それにより生徒の要望とスクールが提供できる強みが合わなくなった人たちだったのでしょう。

ボイストレーニング業界にえがく夢

 大手スクールは、質はそれなりの安いレッスンを提供しています。大手スクールのようなレッスンがいいという人たちもいるでしょう。でもそれが広がると、業界そのものがコモディティ化していきます。
 皆川さんが目指しているのは、文化レベルの高い、質の高いボイストレーニングを広めることです。それを第6次産業化して提供したいのです。つまり、プロがその指導を受けたい人に質の高いレッスンを直接行うことで、プロにとっても高い価格で提供でき、受講する人には値段の割に質のよいレッスンが受けられるという環境を作りたいのです。その夢を実現するためには、質の高い同じようなスタイルのボイストレーニングスクールで独立するライバルを多く育てたいと思い、皆川さんは今、実際に自分のスタジオで、同志であり、ライバルとなる人を育て、独立を応援していく予定です。
 「自分が受けたいと思えるレッスンを提供したいだけなんです」、そう語る皆川さんの目は未来を見つめています。

文:那須 美紗子(中小企業診断士)/編集:志師塾「先生ビジネス百科」編集部

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