世界で唯一の箏回想(ことかいそう)法で高齢者を笑顔にしたい ~箏回想士 渡部佳奈子さん~

「箏回想(ことかいそう)法」という言葉を初めて聞く方も多いのではないでしょうか。箏回想法とは、ご高齢の方々を対象に、箏の音色によって昔を思い出すきっかけを提供し、自身の人生を肯定してもらうことでその心を癒す音楽療法のひとつです。生田流箏曲郡山教室佳寿美会の会主にして、一般社団法人「箏PLAN(ことぷらん)」の代表理事である渡部佳奈子さんは、自身の体験をもとにこの箏回想法を着想し、志師塾で培った集客術と人脈を武器に、収益性の高いビジネスモデルを確立しました。現在は、着想当初に比べて375倍にアップした報酬単価のおかげで実働時間をセーブ、幼いお子様の子育てを両立しています。この成功の軌跡について、渡部さんにお話をうかがいました。

箏回想士(ことかいそうし)として活躍する日々

ご高齢者様に癒しと感動を

2019年、ある夏の日の昼下がり、空調が効いた都内某有料老人ホームのレクリエーションルーム。カーテンを閉め、照明が落ちた薄暗い部屋の片隅で、淡い色の和服に身を包んだ渡部さんが凛とした佇まいで、ときに静かにときに力強く箏を奏でています。部屋の前方の壁には1枚また1枚と写し出される昔懐かしい風景写真のスライド。これをじっと見つめる15名ほどのご高齢者たちは、みなそれぞれ心の中にある昔を思い起こしながら、思い出を語り、人生の意味を再確認し、感動の涙を流し、感謝の笑顔を見せます。
渡部さんが自ら考案し、提供する音楽療法「箏回想法」は、箏の音色を用いながらご高齢者に癒しと感動を与える世界で唯一の音楽療法。「私はただ、ご高齢者を笑顔にしたいんですよ」と語る渡部さんの顔もまた、爽やかな笑顔で満ちています。

仕事と育児と

 渡部さんのもう一つの顔は、2歳の男の子を育てるお母さん。福島で働く旦那様やご親族と離れ、母子二人きりで関東圏で暮らしています。これは、渡部さんがターゲットとする顧客が関東圏に集中しているため。朝はお子さんを保育所に預け、昼間は仕事をこなし、夕方に引き取ると、夜はたっぷりの愛情をひとり息子に注ぎます。実質的な母子家庭、さぞたいへんな毎日なのかと思いきや、意外と余裕があるのだそう。渡部さんは言います。「報酬単価を上げることができたおかげで、仕事の量を減らすことができました。子供との時間もちゃんと取れていますよ」 現在、箏回想法の仕事は、多くの引き合いを断りながら、月10回程度に抑えているとか。
自ら立ち上げたビジネスで、望む収入とワークライフバランスを手に入れた渡部さん。しかし、この成功の道のりは決して平坦なものではなかったのです。

原点は福島にあり

亡き祖母に誓う

 渡部さんは1982年、福島県郡山市で生まれました。箏教室の会主であった母親の下、渡部さんにとって箏を弾くことは幼い頃から生活の一部。ご親族には和楽をたしなむ方が多く、渡部さんのおばあ様も、箏を弾く渡部さんをいつも嬉しそうに眺めていたそうです。渡部さんは、おばあ様が大好きでした。しかし、そんなおばあ様との思い出は、渡部さんが中学生になる頃にはだんだんと苦いものに変わったそうです。「病気になった祖母は、常に自分の人生を否定するようになっていたんです。孤独だ、不安だ、皆に迷惑をかけて生きるのは嫌だ、と」
 そんな声にきちんと向き合うことができないまま、渡部さんはおばあ様を亡くしてしまいます。当時渡部さんは、後悔の涙を流しながら、亡きおばあ様に宛てた手紙を書いたそうです。「おばあちゃんの話をちゃんと聞いてあげられなかったけど、他のたくさんのおじいちゃんおばあちゃんを笑顔にするからね。ごめんね」

志した福祉の道

 その後、渡部さんは、おばあ様に誓った言葉を胸に学校で福祉を学び、就職をしました。その頃知り合った旦那様と結婚。しばらくして東京に移り、福祉関係の仕事をしながら、箏のお稽古や演奏活動に励む毎日を送ります。しかし、この多忙な生活は体力的にも相当辛いものでした。睡眠も日に2時間程度しか取れなかったそうです。結局体調を崩して退職、福島に帰郷することになりました。2011年2月のことです。ただ挫折感が渡部さんを襲っていました。

震災と避難所訪問

 福島に帰郷してひと月もたたない頃、渡部さんは東日本大震災に遭遇します。渡部さんの実家は難を逃れましたが、地元郡山には家を無くした多くの人々が避難所や仮設住宅での生活を余儀なくされていました。その中には、人生に悲観し、部屋に閉じこもるだけの高齢者が多くいたそうです。「私にも何かできることはないか」そう思い悩んだ渡部さんは、「力仕事はできないけど、箏の演奏ならできる」と思い至ります。そうして渡部さんは、高齢者の心を癒すべく、箏の演奏をしながら多くの避難所を回ったのでした。

箏回想法の着想

そんな毎日を送っていた渡部さんが、ある日ふと思い出したのは、生前のおばあ様とのあるエピソードだったそうです。「病気でふさぎ込む祖母に紙風船をプレゼントしたんです。そうしたら、祖母が若いころ会社の屋上で興じたバレーボールの思い出話をしてくれて。その顔は笑顔で満ちていました」 子供の頃の渡部さんには知る由もないことでしたが、これは「回想法」と呼ばれる、過去を想起することで心を癒す心理療法だったのです。避難所での箏演奏の経験と、この紙風船の思い出が渡部さんにひらめきを与えました。「私には箏がある。これと回想法を組み合わせ、音楽療法として確立すれば、自分らしい社会福祉貢献ができるに違いない」 こうして福祉施設の協力のもと、丸一日、朝から晩まで試行錯誤を繰り返した結果、世界で唯一の箏回想法が誕生したのです。

会主を継ぐ

 福島では、箏の演奏の回数は多かったものの、なかなか安定収入には繋がらなかったそうです。直接の交渉相手に箏回想法の価値を十分に理解してもらえないため、報酬単価が上がらないことが主な原因でした。聴衆である高齢者には大好評を得ていた箏回想法も、当時は時給800円ほどで実施していたそう。その頃から、箏回想法をいかにビジネスとして成功させるかが渡部さんの最重要課題となっていました。
 2014年、渡部さんが箏奏者として自立できると感じた母親が、渡部さんに箏教室会主の座を譲ります。これを機に渡部さんは、一般社団法人「箏PLAN」を立ち上げました。ビジネスは信用が第一。そのためには法人化が有利と考えてのことです。ただ、具体的にどのようにビジネスを展開するかはまだ定まっていませんでした。

収益力あるビジネスモデルの確立

志師塾との運命の出会い

 2014年12月のある夜のこと、ビジネスの方向性に行き詰った渡部さんは、救いを求めてインターネットを検索していました。そのとき目に留まったのが志師塾のホームページだったのです。「これこそ私が学ぶべき内容に違いない」と確信し、即座に申し込みのボタンを押していたそう。こうして2015年1月から3か月間、月2回の志師塾の講座を受講するべく福島から新宿に通うことになりました。渡部さんにとって激動の2015年はこうして幕を開けたのです。

重要なのはコンセプト

志師塾の講義では、最初にビジネスのコンセプトの重要性を教わります。渡部さんは、これをじっくり考えることで、それまで頭の中で散らばっていたさまざまな「点」が「線」として繋がり、クリアになっていくのを感じたそうです。事実、渡部さんは、講義を受講し始めたばかりで国費での海外派遣が決定し、のちにドイツに1週間訪問する機会を得ました。「志師塾の教えを受けて練り上げた具体的なコンセプトが評価されてのことなんですよ」と渡部さんは当時を振り返ります。

ターゲットの絞り込み

 志師塾では顧客の定義、市場における自らのポジショニング(立ち位置)の重要性についても学びます。当時の渡部さんのビジネス上の問題は、箏回想法に対する低い対価でした。これを解消するため、渡部さんはターゲットとする潜在顧客を関東圏の有料老人ホーム経営者に絞り込みます。そして、そうしたホーム経営者の一番の関心事-空室率の低減-を支援する手段として、箏回想法サービスの提供を位置づけたのです。このアプローチは、潜在顧客である施設経営者の胸に刺さりました。彼らにとって、「箏回想法を受けられる老人ホーム」とPRすることで空室率が下げられるなら、渡部さんへの謝礼の多寡は大きな問題ではなかったのです。こうして渡部さんは、顧客獲得とともに報酬単価の大幅なアップを実現しました。渡部さんは笑顔で語ります。「当初に比べて時給が375倍になったんですよ。これで箏回想法を続けていける自信がつきました」

Web集客から口コミ紹介へ

 志師塾ではWebを利用した集客術を学びます。渡部さんは、Facebook、ホームページ、ブログなどを駆使して潜在顧客へのアプローチを試みました。もともとITにあまり強くない渡部さんでしたが、志師塾の懇切丁寧な指導の下、外注と比べても遜色ない品質のホームページを自力で作成できるようになったそうです。Webで興味を示してくれた潜在顧客には、箏回想法のデモンストレーション会に案内します。こうして潜在顧客との関係性強化のしくみ、サービス販売までの流れを構築したのです。
最近では月に10~15件の新たな引き合いがあるそうですが、そのほとんどが、かつて関係性を構築した方々の口コミによるものだそう。手が足りず、多くをお断りしなければならないことが渡部さんの目下の悩みです。

志師塾で得た素晴らしき人脈

 志師塾の先生や生徒には、さまざまな経歴を持った人々がいます。渡部さんは、箏回想法ビジネスを展開するにあたり、箏回想法の効果を科学的に立証することが必要との考えがありました。そこで、志師塾でご縁のあった方を介して専門家を紹介いただいたそうです。渡部さんの福祉への思いに共感してくれた専門家たちは、進んでそれぞれの視点で科学的解釈を試みてくれました。また学会にて、渡部さんに箏回想法の講演をする機会を与えてくれたのです。「志師塾での人脈がなければ、このような機会は得られなかったと思います」と語る渡部さんは、こう付け加えます。「志師塾に入って人生のすべてがガラガラと音を立てるように変わった。本当にそう感じています」

子育てとの両立

生まれてくる子が後押し

 2017年初頭、渡部さんは妊娠していることに気づきます。「生まれてくる子どもとの時間を確保したい」 その強い思いから、渡部さんは仕事の単価を上げるための勉強・準備に集中したそうです。結果は先に述べた通り。子供を愛する思いが渡部さんの成功をさらに後押ししてくれたのです。
産休を取る際は、関東のどの顧客も渡部さんとの契約を切ることはありませんでした。「顧客様には子どもを授かる喜びを正直に話しました。契約終了してもよいと申し出たのですが、どの顧客様からも、しっかり出産・育児をして、またお願いしますと言っていただけました」 顧客と誠実に向き合い、信頼を築いた渡部さんだからこその反応だったのでしょう。

仕事の再開

2018年秋、渡部さんは満を持して仕事を再開しました。現在渡部さんと息子さんは関東、旦那様は福島にいますが、週末は父子のふれあいの時間を作っているそうです。毎日のように更新される渡部さんのFacebookからは、いつも家族への愛情があふれんばかりに伝わってきます。

箏回想法の未来

渡部さんが描く未来図

 渡部さんの箏回想法にかける思いは、まだ道半ばです。「箏回想士をたくさん育成して、全国どこの福祉施設でも箏回想法サービスが受けられるような未来を作ります」 渡部さんが始めた箏回想士育成講座では、先日その第1期生となる箏回想士が誕生しました。
また、音楽療法の社会的地位を向上させるためのロビー活動もしていきたいそうです。
そして、渡部さんは最終目標を満面の笑顔でこう語ります。「自分が死ぬまでに箏回想士の協会と財団を作りたいんです。そして財団の資料館では自分のダメな部分をさらけ出して、こんな私でもここまでやれたよと多くの人に伝えたいですね」
 渡部さんを突き動かすのは、ただ高齢者を笑顔にしたいという強い思い。箏回想法という今は耳慣れない言葉が、誰もが知る言葉に変わる未来もそう遠くないことかもしれません。

文:保田耕三(中小企業診断士)/編集:志師塾「先生ビジネス百科」編集部

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