日本企業のIT投資額の平均は売上の約1%程度で、他の先進国に比べて低いと言われています。国の政策もそのような状況を鑑み、中小企業のIT投資を支援するため、平成29年度の補正予算でもIT導入補助金が採択されて、500億円もの補助が施行されます。さらに、『情報処理安全確保支援士』というIT関連の国家資格が新たに誕生するなど、ITへの関心はますます高まりを見せています。そのような背景もあり、会社を退職してIT営業として独立し、ITコンサルティングやIT機器やソフトウェアの代理店の仕事をしている方も増えてきています。
また、士業などのいわゆる「先生業」においても例外ではありません。
- 公認会計士:会計ソフトウェア会社の製品の代理店化
- 社会保険労務士:勤怠管理ソフトウェア会社の製品の代理店化
- 中小企業診断士:IT補助金の支援や、ITコンサルティング
このように、ITに関わり売上を上げている先生業が増加し、その生業は多様化しています。
では、そのような独立系IT営業が、顧客を新規開拓するためには、どうすればよいのでしょうか。今回は中小企業向けのIT営業を想定して、4つのポイントをお伝えします。
この記事の目次
■ポイント1.ただのIT営業になってはいけない
これは大前提の心構えです。
ほとんどの中小企業は既にお付き合いしているIT営業がいます。そのIT営業はIT企業などの法人に所属している場合がほとんどです。独立しているIT営業が、組織的にITの販売やサポートを行っているIT企業と同じ土俵で戦っても、勝てるわけがありません。
まずは、中小企業が取引しているIT営業の実態をみていきましょう。
中小企業と取引しているIT営業の状況
- 顧客である中小企業にはIT企業及びそのIT営業担当や担当エンジニアがいる。
- IT営業の顧客との付き合い方はIT機器やソフトウェアの販売とサポートが中心である。
- 同業他社が多く、製品ラインナップや価格、サポート体制の競争が激しい。
- IT営業は、製品やサービスの提案を通じて業務課題の解決を行っている。
このように企業に所属するIT営業は激しい競争環境におかれています。日々お客様に満足してもらうために、サポート体制を充実させています。そのようなIT企業と付き合っている中小企業を、独立しているIT営業が同じ土俵で戦って、新規開拓することは並大抵の努力では実現できません。そのため、独立系IT営業が顧客を新規開拓するためには、企業に所属するIT営業と明確に差別化していく必要があります。
■ポイント2.他社と差別化しよう
独立系IT営業が顧客を新規開拓するためには、専門性を発揮して、IT企業に所属するIT営業と差別化する必要があります。
ポイント1で中小企業と取引している既存のIT営業について説明しましたが、次に、顧客となる中小企業側の状況をみていきましょう。
中小企業内部のITの状況
- IT担当は社長が兼務しているか、担当者が他の仕事と兼務していることが多い。
- 取引しているIT企業だけではなく、他のIT企業からも毎日のように営業を受けている。
- ITリテラシーは高くなく、パソコンなど目に見えるもの以外への投資意欲が低い。
- 既に導入済みのITであっても、一時的な課題解決への利用に終始し、長期的な活用ができていない
- Excelを利用した属人的な業務が多い。
中小企業は何とか会社を良くしようと考えているものの、限られた人員の中で日々の業務に追われ、IT投資は後手に回っています。ただ「機器やサービスを導入したい」と思った際は、担当のIT営業に連絡して、導入を検討しています。
では、独立系IT営業はどのような差別化戦略を取れば、新規開拓していけるでしょうか。
例として、中小企業向けの独立系IT営業として3つのタイプを紹介します。
コンサルティング型
独立系IT営業のほとんどがこのタイプだと思います。社長の良き相談相手となり、顧客に深く入り込み、中長期の経営戦略を理解して、それに対するIT戦略を立案します。CIO(最高情報責任者)の役割を担うようなイメージです。立案したIT戦略に基づいて、顧客に製品・サービスの導入を進めて検討してもらう際には、自身の顧客の一員のような立場でIT企業からの提案を受け、顧客と一緒に検討します。
企業に所属するIT営業は製品の提供を通じて、業務課題の解決を提案します。しかし、導入後はその製品自体のサポートはしてくれますが、実際に導入して「どれだけ効果があったか」「どうすれば顧客が製品をより活用できるのか」についてはほとんど考えてくれません。なぜなら、企業に所属するIT営業は競争が激しいため、新規顧客開拓に日々追われているからです。案件化するかどうかわからない顧客に対しては、足が遠のきがちになります。
そこでコンサルティング型の独立系IT営業の役割が生まれます。顧客と一緒に製品を理解して、その効果測定を行い、IT投資が業務課題の解決に繋がっているのか、経営戦略に沿っているのか、などを検討して、必要があれば顧客と共に修正していきます。この場合のIT営業の新規開拓は、口コミや紹介が多いでしょう。
管理・サポート型
ITに詳しい方が、週に1回程度訪問するなどで、パソコンなどIT機器やネットワーク環境の問い合わせ窓口となり、企業のIT担当者の役割を果たします。また機器や保有しているソフトウェアの台帳作成や契約管理も担うなど、ITにまつわる管理業務を行います。
一見、企業に所属するIT営業やエンジニアがやっていることと同じです。しかし、企業に所属するIT営業の担当は高い頻度で変わります。競争が厳しい業界ですから、当然営業も厳しく、担当者の退職や配置転換の頻度も多いです。顧客である中小企業としては、担当のIT営業が変わる度に、最初からIT機器やソフトウェアの導入経緯や契約内容、どのように使っているかなど、説明しなければならず大変です。当然、信頼関係も構築されるまで時間がかかり、結果的に顧客満足度は下がってしまいます。
専門型
コンサルティング型に近いですが、自身の専門性を活かして、差別化します。実際には専門型といっても、①業種専門型、②業務専門型などが見受けられます。
①業種専門型の例
- 建設業を専門として工事原価管理のコンサルティング・IT導入に特化している。
- 小売業を専門として、POSを使った販売管理・IT導入に特化している。
- 製造業を専門として、生産管理やCAD・CAMの導入に特化している
②業務専門型の例
- 経理や財務を専門として、会計ソフトウェアの使い方やITによる経費削減に特化している
- 労務管理を専門として、給与計算ソフトや、人事管理メンタルヘルス・IT導入に特化している。
- 法務やコンプライアンスに特化しており、セキュリティ戦略に特化している
このように、業種や業務専門型で顧客の新規開拓に取り組むIT営業も見受けられます。自身の専門性を示す肩書(保有資格)や、今までの実績などが重視されます。
■ポイント3.顧客と接点を持つための工夫をしよう
ポイント1で差別化する必要性、ポイント2で差別化する際のポイントをお伝えしてきました。しかし、差別化できる強みや方向性を定めていても、顧客の新規開拓が出来なければ意味がありません。そこで集客についてのコツをお伝えします。
仕事に繋がる人脈を構築しよう
独立して継続的に新規開拓するためには人脈・ネットワークが重要で、独立系IT営業もその例外ではありません。ポイント2でお伝えた3つのどの型であっても、独立してすぐに「ホームページを見て問い合わせしました」ということはほぼありません。そのため、顧客と直接面談をするか、人から顧客を紹介してもらうことが有効です。直接面談の場合、企業に直接営業をかけてはいけません。なぜなら、顧客である中小企業はすでに様々な企業に所属するIT営業から、直接営業を受けているからです。そのような中小企業に「IT」というキーワードでいきなり営業をかけても話を聞いてもらえません。
そのため、中小企業の社長が参加する異業種交流会などに参加して、潜在顧客と直接面談できる機会を得て、自身の強みが直接アピールするための人脈を確保していきましょう。また、他の独立しているIT営業や士業などの人脈も有効です。ITの分野は多岐にわたります。ITに精通している士業などの専門家は、あまり多くはいません。お互いの強みを知っていれば、お互いに仕事を融通しあうことができます。
さらにIT企業と協業体制を構築することも重要です。独立系IT営業はヒト・モノ・カネのリソースがなく、ネットワークの構築やソフトウェアの販売ができません。パターン2で紹介したどの型であっても、顧客の要望で具体的な製品やサービスを提案する場面がでてきます。そのため、独立系IT営業の求めに応じて、製品やサービスを提供してくれるIT企業を知っておく必要があります。まずは、顧客が既に取引しているIT企業と良い関係を築いていくことが良いかもしれません。IT企業側から信頼されると、逆に顧客を紹介してくれて、新規開拓に繋がる場合もあります。
ホームページを作ろう
前述の通りホームページ自体で集客は難しいですが、ここで言うホームページとは、独立系IT営業と面談した潜在顧客が、「独立系IT営業の今までの経験や実績を紹介できるレベルのもの」という意味です。「この人は信頼できるのか?」それをホームページ上で公開していきましょう。IT営業として独立するようなITに強い人でも、ホームページ作成を苦手としているケースがあります。そこで、最近は独自ドメイン(フリー以外のco.jpや.com)を取得する際に、ホームページの簡易作成機能が標準でついているサーバ会社があります。1から4ページのテンプレートを無料提供していることが多く、誰でも簡単に作成できるので、まずは取り組んでみましょう。
情報発信をしよう
自身の顧客や、協力関係にある方々にメールやSNSで情報発信していきましょう。これは、「この人は常に最新の情報発信をしてくれる人」という良い印象を持ってもらい、紹介などの新規開拓に繋げやすくするためです。
さらに、独立系IT営業の中には、定期的にITにまつわる本の企画を出版社に持ち込んで、本の執筆を行っている方がいます。例えば近年だと、ビッグデータや、IoT、AR、VR、クラウドソーシングが最新技術です。出版社はそれらの最新のIT技術などの本は書けば一定数売れるという認識を持っており、いち早く最新技術に関わる企画を持ち込むことで採用されるケースがあります。執筆を実践して活躍されるIT営業は、多岐にわたるITの分野の中で、必ずしも自身の専門分野ではないような最新技術にも積極的に情報収集して、執筆しています。また、最新技術の本を数冊書いていると、関連するセミナーの講演などに呼ばれることが多くなり、講師業で活躍される方も見受けられます。
■ポイント4.自身のITリテラシーを上げよう
ITリテラシーとは、ITに関わる高い意識のことです。IT営業として独立しようとされている方、すでに独立している方であれば、ITリテラシーは高いと思います。そして、それを具体的に示すことのできる公的な指標があればなお良いでしょう。しかし、独立系IT営業が、プライバシーマークなど広く知られている指標を取得するのはハードルが高いです。そこで、自身のITリテラシーを公的に示すお勧めの指標「セキュリティアクション(SECURITY ACTION)」をお伝えします。
「セキュリティアクション(SECURITY ACTION)」とは
中小企業自らが、情報セキュリティ対策に取組むことを自己宣言する制度です。安全・安心なIT社会を実現するために創設されました。
※出典:独立行政法人情報処理推進機構https://www.ipa.go.jp/security/security-action/sa/index.html
この制度は平成30年から開始されました。自己申告でWebサイトから宣言することで、セキュリティアクションを宣言することを示すロゴマークの使用ができるようになります。中小企業と書かれていますが、個人事業主でも利用可能な制度です。この制度は星1つ取得、星2つ取得とランクが分かれていますので、まずは星1つを取得するところから始めることをお勧めします。
星1つを取得するには、具体的に下記5項目に取り組む必要があります。
- ・OSやソフトウェアは常に最新の状態にする
- ・ウイルス対策ソフトを導入する
- ・パスワードを強化する
- ・共有設定を見直す
- ・脅威や攻撃の手口を知っている
上記の通り、非常に簡単に制度を利用できるので、活用してはいかがでしょうか。
■まとめ
IT営業が新規開拓する4つのポイント
- 差別化の必要性を認識し、ただのIT営業にならない
- 差別化の方向性を決める
- 人脈・ホームページ・情報発信で、潜在顧客と接点を持つ工夫をする
- ITリテラシーを上げ、それを客観的に発信する
文:水本大樹(中小企業診断士)/編集:志師塾「先生ビジネス百科」編集部