Last Updated on 更新日2018.7.3 by
先生業の顧客獲得法について、学術的には「プロフェッショナル・サービス・マーケティング」と言います。マーケティングの研究者として著名なコトラーが、プロフェッショナル・サービス・マーケティングに関する書籍を発表しています。
残念ながら、この書籍は若干難解で、読むのには少しタフかもしれません。ただし、その中でも、役に立つノウハウがいくつかありますので、お伝えしておきます。
この記事の目次
プロフェッショナル・サービスとはなにか
社労士や弁護士、公認会計士、弁理士などのいわゆる「士業」という職業。コンサルタントやデザイナーなどの「専門家」という職業。これらの職業の方々は、無形のサービスを提供しています。
無形のサービスとは、見ること、味わうこと、触れること、聞くこと、嗅ぐことができないサービスのことです。このような、士業および専門家のサービスを「プロフェッショナル・サービス」といいます。
先生業におけるマーケティングの必要性
ここ数十年で、先生業をとりまく環境は大きく変化しています。1997年、アメリカで弁護士の広告禁止を撤回する判決がくだされたことをキッカケに、さまざまな障壁が崩れ始めました。いつでも、どこでも、好きなように宣伝ができる。こうした「自由」が生まれ、先生業の競争が活発に行われるようになったのです。
さらに、先生業の人口増加、先生業である専門家のあいまいな境界線、急速な技術変化など、さまざまな外的要因に対応することが求められるようになりました。どうすればこのような予測しにくい環境の中で生き残ることができるのか?以前はマーケティングを必要と感じていなかった先生業の方々も、マーケティングに注目し必要性を感じるようになったのです。
先生業のためのマーケティング活動
先生業のマーケティングにおける定義を、コトラーは次のように述べています。
「マーケティングは社会的活動であり、管理プロセスである。マーケティングによって、個人や集団は価値ある製品やサービスを創造し、他者と交換して、必要なものや欲しいものを手に入れるのである。」
プロフェッショナル・サービスのマーケティングを成功に導くためには、マーケティングとは「交換」であることを理解し、交換のチャンスを作り、維持・管理していくことが大切だということです。
「サービス」と「製品」との違いについて
では、プロフェッショナル・サービスのマーケティングと製品のマーケティングにはどんな違いがあるのでしょうか?本書では、プロフェッショナル・サービスのマーケティングの特徴を、
- 無形性
- 不可分性
- 変動性
- 消滅性
の4つであると述べています。
無形性とは、冒頭で説明した通り、見ることも、味わうことも、触れることも、聞くことも、嗅ぐこともできないということです。特にこの性質がプロフェッショナル・サービスのマーケティングを難しくさせています。(以下、無形サービスを先生業のサービスとします。)
先生業のマーケティング・ミックス
先生業のサービスを提供するがゆえに、プロフェッショナル・サービスのマーケティングは製品のマーケティングよりも多くのマーケティング要素を組み合わせる必要があります。通常の組み合わせは、
- 製品(Product)
- 価格(Price)
- 流通(Place)
- プロモーション(Promotion)
の4つです。これを、マーケティング・ミックスの4Pといいます。しかし、先生業のサービスでは、次の3つの要素をヒントに顧客がサービスの質を見極めているということを知っておく必要があります。
「人」…サービスを提供する人はどうか、自分以外にどのような顧客がいるのか
「プロセス」…サービスが提供させるプロセスはどうなのか
「物的証拠」…サービスはどのような建物で提供され、内装の雰囲気はどうなのか
本書では、
- 人(People)
- プロセス(Process)
- 物的証拠(Physical evidence)
の3つの要素を加え、マーケティング・ミックスの7Pとしています。
先生業のマーケティングに特有な問題点
先生業のマーケティングには、無形サービスなどの4つの特徴をもつため、他のサービス業にはない独自の問題点を抱えています。本書では、先生業のマーケティングに特有な10の問題点を述べています。代表的な内容としては、
- 顧客の不安が強い
- サービスの差別化が容易でない
- 品質管理が難しい
など、これらの障害を乗り越えなければ、マーケティングを成功へと導くことはできないのです。
顧客志向の確立
先生業のマーケティングにおいて、どのようにマーケティング活動を進める場合でも、成功の鍵を握るのは顧客志向の高さです。顧客志向を確立させるためには、サービスを提供する組織全体が、顧客のニーズとウォンツを満たすことに最大の関心を払わなければならないのです。
先生業の効果的なマーケティング
先生業である専門家が効果的なマーケティングをするために欠かせないキーポイントをここで紹介します。代表的なキーポイントを紹介する前に、先生業の4つの特徴とマーケティングに対する思い込みはどのようなものがあるのか、見ていきたいと思います。
先生業の4つの特徴
- 資格をもっており、助言という形でサービスを提供し、
顧客の問題解決を目標としている。 - 習慣やルールや倫理によって規定された共通の特質を備えている。
- 顧客1人1人のニーズに応じて、その顧客のためだけのサービスを作る。
- 顧客との直接交流という頼もしい武器をもっている。
この武器があるからこそプロフェッショナル・サービスといえるのであり、品質を維持することができるのです。
マーケティングに対する思い込み
先生業である専門家は、マーケティングに対する思い込みを持っているとコトラーは述べています。ここでは、代表的な思い込みを5つ紹介します。
- マーケティングにかつての威力はない
- 広告は見た目よりも中身
- 顧客はサービスの内容を理解している
- 不明な点があれば顧客のほうから電話をかけてくるだろう
- マーケティング素材には写真があってもなくても同じ
顧客獲得のためのキーポイント
先生業のマーケティングを成功に導くには、以下に紹介する代表的なキーポイントを含むさまざまな要素を、正しく組み合わせなければいけません。ここでは、代表的なキーポイントを5つ紹介します。
- 品質が命
- すべての人にすべてのサービスを提供することはできない
- 顧客が購入せずにはいられないサービスを提供する
- 肝心なのはサービスの利用のしやすさ
- コミュニケーションなくしてサービスは提供できない
先生業の顧客がもっとも重視しているポイントとは?
本書では、先生業のマーケティングを成功に導くためには、12のキーポイントがあると述べられています。その中でも、コトラーが特に重要視しているのが「品質が命」というポイントです。先生業の特徴として、無形サービスを提供しているということは何度もお伝えしました。無形がゆえに、物質や人、提供のプロセスがそのサービスの「質」の評価になってしまうのです。
サービス品質の定義
では、いったい先生業におけるサービス品質とはどのように定義されているのでしょうか?本屋でビジネス書の棚を回ると、品質について書かれた本は山のようにあります。品質の定義はそれぞれ異なると思いますが、代表的な定義として「ゼロ・ディフェクト」というものがあります。これは、あらゆる欠点や問題が取り除かれた状態を意味しています。この定義をプロフェッショナル・サービスに適応できるかというとそうではありません。「ゼロ・ディフェクト」には顧客志向の概念が含まれていないのです。
環境やニーズの変化、競合他社の新商品の登場など、満足した顧客ですらライバルに奪われてしまうことはあります。サービスの品質に対する評価は、顧客の期待と直結しているのです。このことから、本書の提唱する品質の定義は次にように述べられています
「顧客の期待を上回るレベルのサービスを提供すること」
顧客はどこを見て品質の評価をしているのか?
サービス品質の定義をしましたが、顧客はいったいどこを見て品質の評価をしているのでしょうか?
結果の品質とサービス提供過程の品質
顧客が先生業である専門家への仕事を依頼した場合、まずサービスの結果について評価をします。「会社の業務が改善されたか?」や「期日どおりに達成したのか?」といった観点です。
もう1つは、サービスが提供されるすべての過程を評価しています。結果として良くても、仕事がしにくかったり対応が悪かったりなど、過程に満足できない場合もあります。もし、仕事がしやすく速やかな対応をしていれば、結果も同じように良いと感じるはずです。
サービスの品質を測る5つの指標
顧客にとっての品質は1つの指標ではなく、5つの指標から測られことが分かっています。
- 信頼性:約束通りのサービスを信頼できるレベルで正確に提供する技量
- 対応の良さ:顧客に進んで手を貸し、迅速なサービスを提供しようとする姿勢
- 安心感:顧客の信用は、豊富な知識と誠実な態度によって高めることができる
- 共感:その顧客だけに向けた親身な配慮
- 有形物:建物や設備、従業員、カタログなどの印刷物といった有形物の見た目
しかし、サービスの提供者がどれだけ細心の注意を払っても過ちは起こってしまうものです。良質なサービスを提供し損ねたら、顧客の信頼を取り戻すことが大切です。
先生業のマーケティング戦略
プロフェッショナル・サービスを提供している専門家やその組織の多くにとっては、戦略計画は比較的新しい概念ではないでしょうか。マーケティングを「考える」ときの鍵が「顧客志向」であったように、マーケティングを「行う」ときの鍵が「戦略的マーケティング計画」なのです。本書では、戦略計画を次の3つの段階からなると述べられています。
第1段階:現在と未来の環境の分析する
第2段階:目標および目的の設定、戦略の策定を行う
第3段階:戦略の実行計画を策定し、実施する
今回、第2段階の戦略の部分、特に「ターゲット・マーケティング」について紹介していきたいと思います。
ターゲット・マーケティングについて
消費者市場やビジネス市場において、少なくともすべての購買者に同じ方法で訴求することはできません。購買者は、性格も異なれば、住む場所や活動する場所も違いますし、ニーズや購買行動も異なります。市場全体で競争しようとしたり、自分より優れた競合と競争しようとしたりするよりも、もっとも望ましい領域を選択してサービスを提供するのがよいのです。その方法の1つが、ターゲット・マーケティングです。
市場を構成するさまざまなセグメント(区分)を明らかにし、その中からターゲットを選び、ターゲット市場のニーズに合わせたサービスを提供するやり方です。
市場の細分化
市場の細分化とは、市場をいくつかの顧客集団に分類することで、それぞれの顧客集団は異なるサービスを求め、異なるマーケティング・ミックスによる対応を必要としています。細分化は、
- 地理的変数
- 人口統計的変数
- 心理的変数
- 行動的変数
という4つの変数をもとに行っていきます。
さまざまな変数をためし、もっとも望ましい細分化手法を見つけなければなりません。
ターゲット市場選択
市場を細分化することで、どのような市場区分が選択肢としてあるのかが明らかになります。市場細分化の次は、それらの区分の中からターゲットを選択する段階です。本書では、ターゲットの選択には大きく分けて3つの戦略があると述べられています。
- 非差別的マーケティング:
市場全体を1つと捉え、顧客のニーズの違いではなく、
ニーズの共通点に着目した戦略です。 - 差別的マーケティング:
2つ以上の市場区分を選択し、区分ごとに異なるサービスや
マーケティング手法を用いるため、各区分で販売量を増加させ、
確固とした位置を築くことができる戦略です。 - 集中的マーケティング:
市場をいくつかの重要な区分に細分化し、
そのうちの1つのセグメントに焦点を当てる戦略です。
優位ポジションの確立
ターゲット市場を選択したら、提供するプロフェッショナル・サービスの市場内における「ポジション」を決める必要があります。自社の強みを活かしながらも、競合他社がいないポジションを見つけるための戦略です。これをポジショニング戦略といいます。ポジショニングは3つの段階からなると述べられています。
第1段階:組織の競争優位をあきらかにする
第2段階:適切な競争優位の組み合わせを検討する
第3段階:選択したポジションを市場に効果的に伝える。
優れたポジショニング戦略は容易に見つけ出せたのに、うまくいかないことはよくあることです。ポジションの確立あるいは改善は、長い時間を要します。自社のポジションに常に目をくばり、顧客のニーズや競合他社の戦略に変化があれば、それに合わせてポジションを改善していく必要があるのです。
顧客維持と関係構築
先生業である専門家にとって、顧客維持と関係構築はきってもきれません。プロフェッショナル・サービスを提供する専門家はみな、既存の顧客を維持し、いったん獲得した顧客には一生顧客でいてほしいと願っているはずです。しかしそのためには、顧客との関係を絶えず改善していかなければならないのです。
顧客維持の重要性
顧客維持の重要性は、「水漏れするバケツ理論」と呼ばれるたとえに当てはめて考えるとよく分かります。バケツに水を満たしても、底のほうにいくつも穴が開いていれば、水はその穴から漏れていってしまいます。つまり、新規顧客に集中している間に、既存顧客が競合他社のもとに離れていってしまうということです。バケツの穴をふさぐには、顧客が離れていく理由を知り、顧客の維持に時間と労力とをそそぐことが必要になります。
既存顧客の維持がうまくいかない理由
本書では、先生業である専門家が既存顧客をおろそかにしがちな理由として、次の6つを紹介しています。
- 既存顧客に気を配るよりも、新規顧客を発掘、獲得するほうが面白いと感じている。
- 新規顧客獲得に対してのみ、報酬制度がある。
- 新規顧客の獲得に予算を多く組んでいる。
- 既存顧客に対するマーケティング活動には時間がかかってしまう。
- 多くの専門家は、受け身の姿勢でマーケティングを行っている。
- 既存顧客への販売活動は不要だと考えている。
顧客と長期的な関係を構築するために
プライベートやビジネスにかかわらず、他者と親交を深め仲間意識を持ちたい、関係をはぐくみたいと誰もが思うことです。顧客は、必要なプロフェッショナル・サービスを提供してくれるのであれば、より強力な関係を結びたいと願っているのです。顧客との強力な関係を築くには、労力と時間が必要となります。
- 信頼
- 顧客についての知識
- 利便性の良さ
- 技術
の四本柱で長期的な顧客との関係構築を発展させていくのです。
学習する組織へ
最後に、コトラーは先生業のこれからについて述べています。これからの時代を本当に生き残ることができる専門家は、真の意味で顧客志向を確立し、顧客のために活動する専門家です。真の顧客志向を身につけるためには、学習し続けることが大切です。目の前にいる顧客が明日にも変わらないとは言い切れません。顧客のニーズ、市場、競争やグローバル化、技術革新などの要因によって、たえず変化し続ける時代がやってくるのです。
先生業である専門家は、こうした変化が現在の顧客と未来の顧客との両方にどのような影響を与えるのか、常に情報をあつめ、深めていく必要があります。
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