介護旅行で一人でも多くの人を笑顔にしたい ~大淵康裕~

「このおじいちゃんは当時103歳。医者にいつ心臓が止まってもおかしくないと言われていました。でも孫が新しくオープンさせたラーメン屋に行きたい。それがこのおじいちゃんの唯一の望みでした。そこで遠く離れた街に住む孫に会いに、旅に出ようとなったのです。」
写真集をめくりながらそう語るのはトラベルセラピストの大淵康裕(おおふちやすひろ)さん。

大淵さん自ら写真を撮って製本したその写真集には、どのページにも満面の笑みを浮かべたおじいちゃんが写っています。旅行後、ほどなくしておじいさんはこの世を去ってしまいましたが、「最期におじいちゃんを笑顔にしてくれてありがとう」と家族から感謝の言葉を頂きました。

トラベルセラピストとしての始動

大淵さんはもともと理学療法士として都内の大型リハビリ専門施設で勤務していました。理学療法士とは国家資格であり、医師の指示のもと理学療法(身体に障がいのある者に直接触れて物理的な処置をすること)を行う、いわばリハビリのプロです。この施設で大淵さんは1,500人以上のリハビリを担当したのちに退職し、東京都八王子市で「株式会社 旅孝行」を設立します。

自らの職業を“トラベルセラピスト”と命名し、要介護者であっても旅行を楽しむことができるサービスを開始しました。理学療法士が同行することで、本来旅行に行けないような要介護5(ほぼ寝たきり)レベルの人であっても旅行に行くことができるといいます。

「旅をあきらめてほしくない。ぼくのような専門家が一人同行するだけで、高齢者や障がい者の方、そしてそのご家族も安心して旅行が楽しむことができます。旅行は最高のリハビリなのです。」

大淵さんの語り口はやさしくて穏やかですが、介護旅行の良さを語るときは自信に満ちあふれています。机の上に置かれたたくさんの写真集。そこにある笑顔の一つ一つが大淵さんの成果であり、自信の源泉となっています。
写真集を手に旅の思い出を語る大淵さん
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旅の想い出が詰まった写真集。お客様にとっては世界に一冊だけの宝物となる。
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自らの体験が創業につながる

リハビリ専門施設に勤務していたころの大淵さんは、患者に寄り添ったサポートを心がけていたものの、患者さんたちを笑顔にすることの難しさを感じていました。こちらがどんなにやさしく接しても、接し方を間違えると声を荒げて怒られることもありました。そして肉体的にも精神的にも大変な毎日をこなすうち、大淵さん自身も重度の眩暈症(めまい症)を発症し「寝たきり」状態となってしまいます。

いつ治るともわからない症状に侵され、このときはまさに人生のどん底。自分自身の将来も悲観するようになりました。「自分で歩けないから、一人ではどこにも行けない。本当につらくて、もう死んでしまいたいと思ったこともあります。しかし自分も患者さんと同じ立場になったことで、彼らがイライラしたり笑顔になれなかったりする理由を、身を持って知ることができました。」

さいわいなことに、2年ほどの入院生活で大淵さんの症状は回復し、健康を取り戻しました。そしてこのときの経験が大淵さんに大きな気づきを与えることになります。医療技術が進歩し平均寿命もぐんと上がりはしたものの、得られた時間を「どうやって楽しみながら過ごしていくか」という視点が必要ではないか。

かつて自分もそう考えたように、患者さんたちは「こんな思いをしてまで生きながらえたくない。身体が動けないのになぜ生きていなければならないのか」と思っているのではないか。それより、たった一度きりでも楽しい旅行に行きたいはずだ!
これが患者の真の想いだと悟ったのです。

以後、大淵さんは旅行を通じて高齢者や障がい者に笑顔になってもらうための活動をしようと誓います。八王子市は2030年には高齢者率40%といわれていますが、一人でも多くの高齢者とその家族に楽しい旅行を通じて幸せを感じてもらいたい。それが「株式会社 旅孝行」創業へとつながったのです。

苦難が続いた独立直後

強い経営理念と志を持ってはいても、最初から顧客が続々とつくわけでないことは大淵さんもよくわかっていました。理学療法士という職業はリハビリを受けるタイミングでもないとまず会う機会がなく、世間的にはほとんど認知されていない職業です。しかし、理学療法士が一人同行するだけで介護にかかるほぼすべての作業を完結することができるため、行ける旅行先の候補が格段に増えるのです。

看護師や介護士などと比較した場合、理学療法士は寝たきりなどの症状が重たい人にこそ向いています。旅もリハビリの一環であると考えれば、旅行に理学療法士が付き添うことの意味は大きいのです。

また、理学療法士が同行する介護旅行サービスを営む事業者は他にほとんど存在しないことから、ブルーオーシャン(競争相手のいない市場)といえます。理学療法士の資格保有者は、その多くがリハビリ施設に在籍して安定収入を得ており、わざわざリスクをとって新たな市場を開拓しようと考える人は少ないのです。理学療法士は国から7割の診療報酬が出るため、半分公務員みたいなものといわれています。

そのため一般企業に比べれば安定した職種といえるでしょう。それでも大淵さんは安定した仕事を辞めて、自らの夢を実現する道を選びました。当然ながらその道は険しく、独立直後の大淵さんは収入が激減します。かつての同僚にも“馬鹿だな”といわれたりもしました。
介護旅行中は、さまざまな状況でサポートが必要となる
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まずは知ってもらうことから

「ぼくの仕事はブルーオーシャンだとは思うけど、青い水が出るまで掘るのはかなり大変だと思っています。世の中にはまだ浸透していない仕事ですからね。このサービスをどうやって知ってもらうか。そしてその魅力をどう伝えるかということで悩みました。」

ビジネスのニーズがあるとはわかっていても、認知されなければ意味がありません。まずはこの仕事を知ってもらうための活動をしよう。そう思った大淵さんはセミナー活動を積極的におこない、介護旅行の魅力を伝えていくことにしました。たとえば、こんなタイトルのセミナーを開催しました。

『いくつになっても旅を愉しむためのノウハウ~こんなにあった解決策!身体に優しく心に響く旅を実現する方法~』このようなセミナーを数多く開催し、介護旅行を知ってもらうよう努めたのです。

「独立後の3年間は”種まき期間”みたいな時期があったほうがいいと思ったのです。介護旅行はまだまだ認知されていないサービスですから。」

当初、セミナーではあまりノウハウを伝えすぎないことで集客につなげようとしました。しかし参加者からは「もっと話してほしい」といわれ、あまり満足してもらえませんでした。そこで大淵さんは考え方をあらためます。一人でも多くの人を笑顔にする。初心を思い出した大淵さんは、家族だけでも介護旅行が実現できるよう、ノウハウを惜しみなく語るよう心がけました。

その結果セミナーに参加した人の満足度も高まり、さらに「いったんは自分たちでやってみようと思ったが、考慮すべきことが多くて専門家でないと無理だと気づいた」といった流れで成約に至るケースが増えたのです。

“ノウハウは出し惜しむより、出し切ったほうが結果的に成約につながる”

大淵さんにとってこれは発見でした。たしかに介護が必要な高齢者や障がい者を旅行に連れていくには、多くのクリアするべき問題・課題が発生します。たとえば旅行先の宿は車いすのまま入れるのか。バリアフリーを謳っている宿でも、実際にはほとんど対応できていない旅館も多いといいます。現地で困ることがないよう、電話でいくつか質問することでこういったトラブルは回避可能だと大淵さんはいいます。

そのようにしてトラブルの種を事前につみとり、想像力を働かせて旅程表を作成していきます。実は大淵さん、国内旅行業務管理者でもあるため、旅程表の作成はお手のもの。旅行業の知識と理学療法士の知識を駆使し、その人に合った最適な旅程表を作成することができるのです。

「具体的な旅程表を提示してお客様の気持ちを高めていきます。今もハワイに行きたいという相談を受けていますが、ご本人もそのご家族も、たとえ旅行先で何が起きても構わないから良い想い出を作ってほしいと言ってくれています。本気が伝わりますが、そのぶん絶対に失敗はできないという大きなプレッシャーも感じています。」

現在、ウェブサイト経由やクチコミによって問い合わせの件数は徐々に増えてきているといいます。ただ、問い合わせが来てもこちらからのアドバイスで解決してしまって成約に至らないことも多いそうです。それでも、お客様とその家族を幸せにすることを使命と感じている大淵さんにとって、アドバイスで解決するならそれはそれで構わないといいます。

少しでも多くの人にトラベルセラピストという仕事を知ってもらいたい。それが今の大淵さんの想いです。

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ハプニングもお客様の笑顔につなげる

「どうせ行けないと諦めていた旅行に行けることは、人生が変わるくらいの体験なのです。旅行という体験の素晴らしさを知ってほしい。行ったら必ず笑顔になるのですから。生きていてよかった、と感じてほしい。」

お客様の最高の笑顔を見ることができたとき、この仕事をやっていてよかったと実感するという大淵さん。以前、どうしてもある国宝の絵画が見てみたいというお客様がいました。この絵画は山奥のお寺にあり、そこに至るまでの道のりはバリアフリーにはなっていません。そのため見ることができない可能性が強いとお客様に伝えます。しかしどうしても見たい、ということで実際に旅行に行くことになりました。

案の定、山道は足場が悪く、お客様の車いすを持ち上げないと通れない箇所がありました。しかし車いすの重さはなんと100キロ。同行した介護者だけでは持ち上げられません。途方に暮れていたら、お寺の僧侶の方や周辺の方が手伝ってくれて、最終的にその絵画を見ることができたのです。

お客様はその絵画を見て、感動のあまり泣いてしまったといいます。旅にはトラブルがつきものですが、機転を利かせて乗り切ったり、運に助けられたりすることもあります。このような体験もうまく乗り越えられれば、お客様にとって良い想い出となります。旅は完ぺきにプランニングされたものより、プロセスにこそ楽しさがあるもの。そういう啓蒙も大事だと大淵さんはいいます。

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500人のひとを幸せに

「人は、たとえ身体が不自由でも幸せを感じながら生きていくことはできる。そう思ってくれる人を一人でも多く増やしたいですね。」

大淵さんの生き方、そして経営理念はこの一言に集約されているのかもしれません。一人でも多くのひとを幸せにする。そのための動きなら何でもする。現在の大淵さんは、その志に賛同してくれている医師のクリニックで週4日勤務し、残り3日を介護旅行ビジネスにあてる日々を送っています。今後は少しずつ、介護旅行ビジネスの割合を高めていく予定だといいます。

2020年の東京オリンピックまでに、介護旅行を通じて500人のひとを幸せにすることが大淵さんの目標。大淵さんの活動に共感する仲間も徐々にではありますが、口コミ等で増えてきています。なかにはリハビリ施設時代に共に働いていたスタッフもいました。かつての大淵さんと同じように、患者にほとんど笑顔がないことに問題意識をもっていたという人もいます。志を強く持っていれば賛同者は自然と集まってくる、と大淵さんはいいます。

「まあ、ぼくの仕事は笑いを売る”笑売”ですよ。あ、これつまらないから書かないでくださいね。笑」大淵さんには申し訳ないと思いつつ、書かせていただきました。なぜならこれほど”笑売”という言葉がふさわしい仕事ってそうはありませんから。

文:石井 里幸(中小企業診断士)/編集:志師塾「先生ビジネス百科」編集部

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