【講師インタビュー】“売る”に限界はない。ドン底からNo.1営業マンに~高杉 亮太朗~

会社員時代、保険のセールスで300名中No.1の成約件数を獲得するという、輝かしい実績を持つ高杉 亮太朗さん。現在は独立し、士業・コンサルタント・講師などの先生業を専門としている方々に対してコンサルティングを行う傍ら、志師塾(先生業のための専門スクール)で講師として登壇もされています。自らのノウハウを惜しみなく伝え、顧客に脚光を浴びてもらうことを、自らの経営理念に掲げ精力的に活動しています。

しかし、ここに至るまでの人生は、決して順風満帆ではありませんでした。まさに波乱万丈。そして独立後はバラ色ではなく、イバラの道が続いたのです。

ダンサーを志した少年時代

父親がシャンソン歌手という高杉さん。子供のころ、歌う父の姿にあこがれ自らもシャンソン歌手になろうと思っていました。ところが小学4年生のとき、父親から「お前は歌が下手だ。ダンスをやりなさい」といわれます。ちょうどその頃、父親が劇団を立ち上げていたため、高杉さんは子役として舞台にあがり、タップダンスやミュージカルをこなすようになります。そしてダンサーとしての経験を積み上げていき、高校生のときにはインストラクターとして指導するまでになりました。高校卒業後は、さらにスキルを磨こうとニューヨークのブロードウェイへの渡米や、地元の熊本でダンスイベントを主催するなど、ダンサーとしてのキャリアを着実に形成していったのです。

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どん底を味わった20歳

20歳のある日、交通事故にあいます。かろうじて命は助かりましたが、医者からはダンスをあきらめるように言われるほどの傷を負ってしまいます。

ポキーン・・・

心の芯が折れてしまう感覚を味わいました。それまでの人生のほぼ全てを注ぎ込んできたダンスというアイデンティティが失われ、高杉さんは塞ぎこんでしまいます。

しかし、落ち込んでばかりもいられません。ダンスに代わる何かを探そうと、東京に出ることを決意。生きていくためにとにかく何でも経験しました。客引き、コールセンター、バーテンダー、引っ越し屋・・・

そんな日々を送りながら、故郷の熊本に一時帰省した時に祖父からいわれた一言が高杉さんの人生を変えることになったのです。

 人生を変えた祖父のことば

「亮ちゃん、世の中は“売る”と“買う”で出来てるんだよ。“買う”という行為は所得の範囲内でしかできないから限界がある。でも“売る”という行為はね、制限がないんだよ。」

高杉さんは東京でたくさんの仕事に就きましたが、“売る”という行為をちゃんと意識せず、ただ言われたことをやっていただけに近いものでした。しかし祖父のこの言葉に出会ってから、仕事に対する考え方がガラリと変わったのです。

「“売る”を突き詰めると・・・営業だ!」

そんな気づきを得て、営業を極めようと思い立ったのです。

そこで高杉さんがとった行動は、電話で保険を売る業務を行う会社に入社することでした。某大手クレジットカード会社に派遣され、そこで顧客にひたすら電話をかけるという仕事に就きます。来る日も来る日も、何百回も電話をかけますが、まったく成約がとれない日が続きます。高杉さんは悩みます

「なぜ売れないんだろう? どうしたら売れるようになるのだろう? これはちゃんと分析しないといけない。」

 300人いるセールスの中で、トップに

そこから高杉さんのストイックな生活が始まったのです。誰よりも朝早く出社し、顧客との会話を録音した音声を何度も聴き、文字起こししたり、トップセールスがどんなプロセスで喋っているのかを分析したりします。ときには、だれか人を捕まえてトークのロールプレイングをすることもありました。

そんな研究者のような日々を何年も続けているうちに、

「この順番では話せば、お客様はこう返すんだな」

というように、それまで抽象的だった営業というものが体系的に整理されていく感覚を持つようになったのです。その感覚をより具体化すべく検証と実践を繰り返していった結果、自分なりの営業手法が確立されていきました。

そして入社5年目にして、300人いたセールスの中でトップをとるまでになったのです。

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 次なる新天地を求めて

トップセールスとなった高杉さんの名声は知れわたり、ある展示会の主催会社からヘッドハンティングを受けます。

「ついにキタ! という感覚はありましたね。」

営業をもっと極めたいと思っていた高杉さん。BtoCだけでなく、BtoBにも挑戦したいと思っていた矢先のことでした。その展示会の主催会社への転職を決意します。そこでの主な業務は出店企業への営業と、多くの人に展示会に来てもらうための仕掛けづくりでした。

展示会は、イベントの内容ごとに出店企業や顧客が変わるため、営業方法も千差万別。そこではどんな言葉が刺さるかなど、臨機応変に変えていく必要があるのです。高杉さんは営業戦略の立案やマネジメント、アルバイトの人に語らせるトークの開発まで幅広く担当します。そこでも、それまで培った高杉さんの営業スキルがいかんなく発揮されることになったのです。

独立

そして独立へ

「いくつもの展示会を手掛けているうちに、参加している中小企業の社長さんたちに対して尊敬の念を持つようになりました。彼らにしてみれば、展示会というのはそれまで何年もかけて開発してきた自社製品の発表の場なんですね。その一瞬に欠けるパワーと、これまでの成果の集大成を自信に満ちた表情で語る社長に、まるでスポットライトが当たっているように見えました。そんな社長たちの姿が、とてもかっこいいと思ったのです。」

自分がこれまで生きてきたことや、こだわってきたこと、磨いてきたこと・・・

それを使って人にサービスを提供することの素晴らしさ。展示会の社長たちの姿を見て、高杉さんは自分もそうなりたいと思うようになります。それが独立するきっかけでした。

現実を思い知った独立直後

営業コンサルタントとして独立に踏み切った高杉さん。とはいっても最初から顧客がついているわけではありません。顧客を得ようと、たくさんの異業種交流会に積極的に参加します。

「営業ノウハウはたくさん持っているという自負はありました。しかし、この時点では自分の商品コンテンツがまだ固まっていたなかったこともあり、ある異業種交流会で『あなたは胡散臭い』とはっきり言われてしまったのです。それがとても悔しくて、とにかく人の三倍やってやる! と決意しました。」

人の三倍やる。このときの高杉さんは、とにかく成果を出して評価されたいと意気込んでいました。とにかくなんとか顧客を得ようと、まずは自分の商品である営業手法を知ってもらうため、料金を格安に設定。これを「モニターチャレンジ」と名付け、1コマ1時間のレッスンを合計9回受けてもらうコンテンツを開発しました。全9回を受けてもらって、料金はたったの21,600円。3か月間のプログラムなので、一人につき一カ月あたり7,000円という計算です。

レッスンを受けた顧客のほとんどがその安さと内容に満足し、評価も上々。クチコミがどんどん広まって顧客も増えていき、半年間で100名を突破。1日で10コマを休みなしで継続する毎日が続きました。そしてついに、ダンスで鍛えた身体も限界を迎え、倒れてしまったのです。

「体調を崩した以外に、もう一つ大きな問題がありました。お客様はその場ではとても満足して帰られるんですが、私の営業手法を使ってもお客様は成果を出すことができなかったのです。つまり、私の営業手法は“再現性がなかった”のです。私と同じキャラじゃないとうまくいかない手法だったんですね。お客様に成果を出してもらわないと、はっきり言ってコンサルタントとしては失格です。」

「話は面白いが、どうも結果がでない」

高杉さんの営業手法に対して、辛辣な意見が出始めました。自分の評判がどんどん落ちていくのを感じます。自ら編み出した営業手法に自信を持って独立に踏み切ったものの、心身ともに疲弊し、ほろ苦いスタートとなったのです。

 志師塾との出会い

徐々に客足が遠のいていくのを感じました。

「営業手法は、体系的かつ再現性がなければお客様は成果を出すことはできない。お客様に成果が出ないと、自分の単価も上がりはしないだろう。」

高杉さんは悩みます。

そんなある日、高杉さんが使っているシェアオフィスに置いてあった一冊の本に目が留まります。五十嵐和也著『あなたの先生ビジネスは絶対儲かる!』(秀和システム, 2013)です。

「体系的でかつ再現性が高い内容がかかれていることに驚いたのです。自分のコンサルティングもこのように再現性が高いものにならないだろうかと思いました。」

高杉さんは、そのノウハウを学ぼうとすぐに志師塾への入塾を決断。

志師塾の講義は高杉さんにとって目からウロコの連続でした。高杉さんが特に効果を実感したのは “自分のキラーコンテンツを作る”と、“Web集客講座”の2つです。経営理念、事業コンセプト、販売戦略、Web集客まですべて学べたので、自分の作るべきコンテンツが見えたのです。

そして志師塾の講義をすべて終える頃には、自らの主力商品となるコンテンツの開発にこぎつけます。そこからはトントン拍子でした。どんどん顧客が増えていき、志師塾に入る前は5万円だった単価が、27万円まで拡大したのです。そして何よりうれしかったのは、自分の顧客が成果を出せたことです。ある不動産投資業の顧客など、高杉さんのレッスンを受けて成約件数を倍増させたという例もあります。

志師塾に生徒として入った高杉さんですが、士業や講師業などのいわゆる“先生業”をやっている人たちに自らの営業手法を知ってもらうため、今度は志師塾の講師として登壇するという道を選択することになりました。 

ブレインストーミング

講師業の魅力

「たとえば、1体1のブレインストーミング形式で、生徒さんの持っている強みとかコンテンツをホワイトボードにどんどん書き出していきます。そうして生徒さんと一緒に、マーケティングにおけるポジショニングを設計していくのです。最後には『そっか、おれのやっている仕事は社会の役に立っているんだな』と、目の前がひらけたようにキラキラして帰っていくのをみると、この仕事をしていて良かったと思いますね。」

高杉さんは、講師業は本人の中にある答えを引き出してあげるものだ、とも言います。やりたいこと、できること、もとめられていること。この円が重なるところを探すお手伝いをすることなのだと。

「お話をきいていると、感覚的にその円の重なるところが私にはわかります。しかし、私から“こうしたらいいよ!”と言ってもダメ。人は自分の頭で考えたことでないと動かないから、自分で見つけることが大事なのです。その答えまで導くお手伝いをすることが講師の仕事だと考えています。例えば埋蔵金のありかを共に発掘するイメージに近いですね。このあたりだと思うんだけど・・・。どこにあると思います? といったように。笑」

成果は、現れるまでにタイムラグがあります。したがって、成果が現れるまで諦めないことが重要になります。他人から押し付けられたものだとモチベーションを維持できない。だから引き出すことに力を注いでいるのだと、高杉さんは言います。生徒自身が“見つけた感“を感じれるかどうか。

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今度は“スポットライトを浴びせる”側へ

「実は、今年会社を設立する予定です。会社名はもう決めていて、スポットライト・コンサルティングとしました。世の中には、いいものを持っている人はとても多い。しかし、ビジネスで充分な成果が出せなかったり、日の目を浴びることなく埋もれたままだったりする人が多いのも事実です。私自身がそうでしたから。そういった人たちにスポットライトを浴びせられるような支援をしたいと思っています。浴びた人が、また誰かに対して浴びせられる人になる。そのような連鎖ができると日本はもっと元気になると信じています。」

20歳の頃の交通事故により、高杉さんはもうダンサーとしてステージの上でスポットライトを浴びることはなくなりました。しかし、いまは講師として、あるいは営業コンサルタントとして、起業を志す多くの人にスポットライトを浴びてもらうための活動をしています。その光を浴びた人がまた、誰かに光をあてる側となる。そんな連鎖を実現するため、高杉さんは今日も登壇します。

文:石井里幸(中小企業診断士)/編集:志師塾「先生ビジネス百科」編集部

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